東京高等裁判所 昭和29年(う)2423号 判決
被告人 斎藤是
〔抄 録〕
一件記録に徴するに、被告人が昭和二十九年四月十二日長野簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年、三年間執行猶予の判決を受け、右判決は同月二十七日確定したこと、右判決の確定前に原判示(一)の脅迫および(二)の銃砲刀剣類等所持取締令違反の罪を犯したこと、即ち原判決認定の犯罪は、さきに確定判決を受けた罪と刑法第四十五条後段の併合罪(いわゆる余罪)の関係にあること、原裁判所は右の事実を認定したうえ、原判示(一)の罪について、被告人を懲役六月に処すると共に、刑法第二十五条第一項第一号を適用して三年間執行猶予の言渡をなした事実を認めることができる。所論は、叙上のように併合罪の一部について、既に執行猶予の判決が確定した後その確定前に犯され、右確定判決のあつた犯罪と、刑法第四十五条後段の併合罪の関係にあるいわゆる余罪について執行猶予の言渡をする場合にも、改正刑法第二十五条第二項、第二十五条の二、刑事訴訟法第三百三十三条第二項を適用して必ず保護観察に付する旨の言渡をなすべきであると主張する。
よつて按ずるに、最高裁判所は、かつて昭和二十八年法律第百九十五号による改正前の刑法第二十五条第一号の解釈に関し、「併合罪の関係に立つ数罪が前後して起訴され、後に犯した罪につき既に執行猶予の判決が確定した場合において、もし前に犯した罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろうと認められるときは、前に犯した罪についてさらに執行猶予を言渡すことができるとするのが相当であるから、かかる場合に限り、刑法第二十五条にいわゆる『前に禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者』とは実刑を言渡された場合を指すものと解するを相当とする』旨を判示した。(昭和二十五年(あ)第一五九六号事件・昭和二十八年六月十日大法廷判決昭和二十八年(あ)第二七一五号事件・昭和二十九年十一月五日第二小法廷判決)右最高裁判所の判例は、刑法の文理解釈上はやや納得し難い点を包含しているが、法規の不備を補うため、法文を合目的的に理解し、法の精神を活かそうとするものであつて、余罪の処分に関する不均衡是正のためにはまことに至当な解釈であつたというべきである。然るところ、所論はその後に実施された刑法の改正(即ち昭和二十八年法律第一九五号による)により、前記最高裁判所の判例は既にその存在意義を失つたと主張するが、所論の刑法改正によつては、併合罪について同時審判を受ける場合と、然らざる場合との間の不均衡は少しも是正されていないから、その解決を目的とした最高裁判所の判例はなおその存在価値を有しているといわねばならない。いま二、三の具体例に徴して検討してみると、
(一) B罪の執行猶予期間中に、C罪を犯し、刑法第二十五条第二項により再度の執行猶予の言渡を受けた者が、その後さらにB罪の前に犯したA罪(即ちB罪の余罪である)について起訴された場合。
もし検察官の所論に従えば、A罪がいかに軽徴なものであつても、三度目の執行猶予ということになるから、どうしても執行猶予の言渡をすることができないということになるが、現行刑事訴訟法の運営上、後日にいたつて余罪がつぎつぎに起訴されてくることが稀有でない事実に徴すれば、所論のような見解は決して妥当ではないことを知るのである。
(二) A、B二罪を犯した者、B罪について執行猶予の言渡を受けた後、前に犯したA罪について、起訴され、(本件事案と同様である)これについても執行猶予の言渡があつた後、その猶予期間中にC罪を犯し起訴されたが、これが刑法第二十五条第二項所定の条件を具備している場合。
この場合に、A罪(即ちB罪の余罪)の執行猶予の言渡は所論のように刑法第二十五条第二項に基くべきものであるとすれば、C罪については、いかに同条項所定の条件を具備していても、もはや重ねて執行猶予の言渡ができないという結論を是認せざるを得ないが、かようなことは、A、B二罪が同時審判を受け、執行猶予の言渡があつた後にC罪を犯した場合には、C罪についてもさらに執行猶予の恩典を享受し得るのに比較して著しく権衡を失するのではあるまいか。
(三) つぎに、順次A、B、C三罪を犯した者が、まずC罪についてのみ審判を受け、執行猶予の言渡を受けた後、余罪であるB罪が起訴され、執行猶予の言渡を受けた後にA罪も起訴されるに至つた場合。
右の場合に、B罪の執行猶予は必ず刑法第二十五条第二項に基くべきものとすれば、A罪については、もはや執行猶予の言渡ができない結果となることは、やはり前掲の場合と同然であつてその不当なることもまた同様である。
(四) A、B二罪を犯した者、まずB罪についてのみ審判を受け、執行猶予の言渡が確定した後、その後に犯したC罪と前に犯したA罪(Bの余罪)とが同時に起訴審判される場合は、A、Cと各罪につき別々に二個の裁判を受けるわけであるが、A、C、両罪ともに執行猶予を相当とするときは、いかに解決すべきであろうか。この場合には二者同時に判決するのであるから、いずれも二度目の執行猶予であるということを理由として、刑法第二十五条第二項を適用して二罪とも執行猶予の言渡が可能であるという見解もないわけではないが(名古屋高等裁判所昭和二十九年十二月二十五日判決・高等裁判所刑事裁判特報第一巻第十三号第七五頁)、右設例の場合においてもし、A、C二罪が別々に審判されるときはどうなるかということに考え及ぶと(前記設例(一)参照)到底右の見解に賛成することはできない。
前掲(一)乃至(四)の設例のような場合において、検察官所論の見解に従うとすると叙上のような不合理の結果が生ずるのは、結局するところいわゆる余罪についても総て一律に刑法第二十五条第二項の適用があるとするところに起因するものであることが観取せられるのであるが、この不合理を打開解決するには、是非とも前記最高裁判所判例の趣旨に従い、刑法第二十五条の改正後においても、余罪の執行猶予は同条第一項によるべきものであつて、同条第二項の適用がないとなさざるを得ないのである。
検察官の所論は、前記刑法の改正は、最高裁判所判例の存在することを考慮に入れ、その判例が法文の精神解釈によつて救済しようとした場合までも包括解決するために立法されたものであると主張しているが、これを成文法の上からみても、前記改正法は、刑法第二十五条に新しく第二項を附加しただけで、従前の規定(現行の同条第一項)には全然手を加えていないのである。改正後の刑法第二十五条第一項第一号は、「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者」に関する規定であるのに対し、同条第二項は「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトアル(中略)者」に関する規定であつて、その間截然たる区別の存することが明らかである。本件事案のような軽徴な余罪の場合は、前記最高裁判所判例の示すところに従えば、前者即ち「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者」に該当するとされていたのに、所論によれば、刑法改正前には前者であつたが、改正後は後者即ち「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者」に包含されることになり、そこに大きな齟齬を生ずるに至るのであるが、前記改正法を仔細に検討しても、改正法実施の前後により、余罪の取扱について所論のように解釈を変更しなければならないという実質的な根拠はどこにも発見することができないのである。また右の改正法が、刑法第二十五条に第二項を新設した最も大きな理由は、執行猶予制度の拡張にあることは多く説明の要をみないところであるが、もし検察官所論のように、本件事案のような場合にも総て刑法第二十五条第二項の適用があるとすれば、少くとも余罪に関する限り執行猶予言渡の条件が従来よりかえつて厳格になるばかりでなく、常に保護観察に附さなければならないという結果を招来し、延いてはその後の犯罪については重ねて執行猶予の言渡ができないということにならざるをえないから、かかる見解は、折角再度の執行猶予を認めて執行猶予制度の拡張を企図した改正法の精神にも背馳するものというのほかはない。
要するに、前記最高裁判所判例は、その後に実施された刑法改正によつて少しも影響乃至変更を受くべきものではなく、依然としてその存在意義を有していると解するのを相当とするから、右と同趣旨に出で、本件事案について、刑法第二十五条第一項の規定を適用し、同法第二十五条の二による保護観察の言渡をしなかつた原判決の法令の適用は相当であつて、原判決には検察官所論のような法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。